先日、娘のある習い事を辞めたいということを先生に伝えました。
夏くらいから辞めたいとは言っていたのですが、冬の舞台に本人が出ると言ったのでそこまでは頑張ると約束しつつ、もう少し続けたら?と話してみてはいたのですが。
その舞台が迫ってきて、辞めるならそろそろ先生に伝えなければならず。
娘の辞めたいという意思も変わらなかったので、舞台の日限りで辞めさせることにしました。
苦痛なことをし続ける必要はない
そもそもは、親がやらせたのではなく本人がしたいと言いだした習い事です。
正直意外でしたが、そこに興味を持ってくれたことは嬉しかったです。
下の子もいくつか習い事をしていますが、二人とも全て本人がやりたいと言いだしたことしかさせていません。
私が小さい頃にピアノを習っていて、それが苦痛で全く練習せずに通っていたので当然上達することもなく、嫌だったからです。
楽譜を読めることと多少はピアノを弾くことができるので感謝はしています。
きっと、私が習い事など将来の役に立ちそうなことに興味がない子だったので、何かしらはやらせてあげたい、可能性を見つけてあげたいという親の思いもあったのだと思います。
でも嫌なもんは嫌!!笑
なので、自分の子供が辞めたいと言ったらしばらくは様子を見つつも結局は本人の意思を尊重します。
嫌で練習しないものなんて上手になるわけがないし、ピアノの日が憂鬱で仕方なかったです。
子供には、そんな日や思いはできるだけ減らしてあげられたらと思っています。
『苦痛に耐える訓練を子供のうちからしておくことも必要だ』という考えの方もいると思います。
でも私は、大人になった今でさえどうにか苦痛を回避して生きようとしている人間なので、子供にそれは求めません。
ただでさえ学校で頑張っているからそれで十分。
できるだけ憂鬱や苦痛のない人生の方がいいなぁと思ってます。
辞めるのにも勇気がいる
そもそも辞めるのってすごく勇気がいるんですよね。
改まって『辞めます』って人に話すのって、エネルギー使うんです。
何かを途中で辞めたり逃げたりしてしまって「情けない」と後悔してしまう人もよくいますが、きちんと辞めると相手に伝えられただけで十分立派です!
(仕事とか責任あることから、何も伝えず逃げるのはダメだけど)
ブラック企業なんかはそうだと思いますが、しんどすぎて辞めるという正常な判断ができなくなるまで追い詰められたり、そこまでするエネルギーが無くなっちゃうというのも聞いたことがあります。
そうなる前に、元気なうちに辞めることも大切だと思っています。
何か新しいことを始めただけでも、辞めたいと思う時点まで頑張って続けただけでも偉いんです!
だから嫌なら辞めちゃっていいんです。
大きなことから小さなことまでありますが、辞めても大丈夫な準備を日頃からしておいて私も子供も(もちろん夫も)できるだけ『嫌』を排除した人生を送れたらなぁと、能天気に思っています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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